第18回

ジッパーの話

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 バックジッパーのサーフィン用ウェットスーツを、どこが最初にはじめたかは定かではないけど、たぶんオニールじゃないかな。1970年、おれが「ロージーズ」という輸入雑貨のお店を鎌倉ではじめたときに、ウェットスーツを売ろうと思って、当時アメリカのウェットスーツ・メーカーを調べたら、オニール、ボディグローブ、そしてシースーツの3社あったので、その3社に「ソールエージェント(販売代理店)になりたい」って手紙を送ったんだ。そしたら、すぐにボディグローブから「日本に代理店があるから、そこから買ってくれ」って返事があった。手紙の中には、日本の代理店として米沢プラスティックの名前が書かれていた。マリブ・サーフボードをやっていた米沢プラスティックなんだ。米沢プラスティックは早かったね。ボディグローブも歴史はほぼオニールと一緒なんだ。で、オニールはプライスリストを送ってきた。シースーツも遅れて、プライスリストを送ってきたね。1970年初頭の話だよ。それで、おれは「ロージーズ」で、オニールとシースーツを輸入して売ったんだ。詳しくは、「ロージーズ」の項目を読んでくれ。

ゼロ・ウェットスーツの、昔からあるタイプのウェットスーツがノーマルシリーズで、もちろんバックジッパー・タイプのウェットスーツだ。サーフィン用のフルスーツとして開発されたなかで、バックジッパーというのは、ファスナーが短くて済む、つまり、開口部がいちばん短くて済むというのが、最初の発想なんだよ。セミが背中から抜けだすのと同じ要領で、人間が手足を洋服の中へ入れたり出したりするためには背中が、いちばん開口部が少なくて済むんだ。映画『007』のジェームス・ボンドの時代は、フルスーツはフロントジッパーなんだよ。

 ジッパーの話に戻るけど、最初はダイビング屋がフロントジッパーのフルスーツを作っていたんだと思う。なぜフロントジッパーなのかというと、タンクを背負わなければいけないからなんだ。背中にジッパーがあると、邪魔なんだよ。だから、ダイビング屋が作るウェットスーツはフロントジッパーだったんだよ。最近はジッパーがよくなったので、バックジッパーになったんだね。開口部が少なくて済むから。それにデザイン的要素、フロントジッパーは見た目にもかっこ悪いからじゃないかな。創業当初、オニールが作っていたビーバーテールなんかもフロントジッパーだよね。

 ウェットスーツを作りはじめた当初、おれはどうやったらいちばん短い開口部で、体が出入りできるかという研究をしてみたんだけど、やはり背中側が開いているほうが、開口部が短くてすむことがわかったんだ。まず、首は開いていなければいけなじゃない。首から着る場合、やはりファスナーをつけずに着られればいちばんいいんだ。でもその当時、そこまで延びるゴム生地がなかった。そうすると、前にファスナーを付けるか、後ろに付けるか、または肩の横から付けるかなんだ。それで、試作を作っていろいろやってみたけど、フロントの場合はファスナーの長さが最低75cmないと、着られないことがわかった。どこまで短くできるか、さんざん試したんだよ。短くしすぎると、体が開けないからウェットスーツが脱げない。着るには着られるんだけど、脱ぐときはだれかにウェットスーツを引っ張ってもらわないと脱げないんだよ。その結果、開口部が75cm必要であることがわかった。それで、背中側は35cmのファスナーで脱げたんだ。つまり、フロントの半分の短さでウェットスーツの着脱が可能であることがわかった。いま、ゼロ・ウェットスーツでは、ファスナーの長さは、実際に着る人の身長と体重を勘案して決めていて、いちばん短い人では35cmのファスナーを使用している。もちろん着る人の歳も関係していて、脱げないという人もたまにいるね。肩が回らないから、脱げないんだよ。その人の場合、ファスナーをもっと長くしてほしいということで、45cmで作り直したよ。昔、ウェットスーツに付けるファスナーは、50mのロールになっていて、必要に応じて切って使っていた。もちろん自分たちで加工していた。いまは、最小ロットはあるけど、YKKにサイズを指定して、作ってもらっている。いまは、いちばん長いファスナーで52cmを用意しているけど、いちばん多いのは35cmと37cmだね。リボン(テープ)の素材はたぶんポリエステルだと思うけど、伸びちゃ具合が悪いからね。以前は、コットン(綾織り)を使っていたけど、務歯(むし/エレメント)の部分が金属だった。リーバイスのジーパンのファスナーのように、務歯もスライダーも金属を使っていた。それで、YKKが務歯をプラスティックに代えて、その後、スライダーもプラスティックに代えたんだ。そうしたら、一時、ジッパーが外れて開いちゃうトラブルが多発したんだよ。だから、ゼロ・ウェットスーツではトラブルを避けるために、少し前まで金属のスライダーを使っていた。サーフィン用のファスナーはもともと医療用、工業用のファスナーだったんだけど、サーフィンでも需要が増えたので、塩害防止が可能な錆びないプラスティック製になった。

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映画『007/サンダーボール作戦』のジェームス・ボンド役を演じる故ショーン・コネリー、『LIFE』誌、1966年1月7日号 写真URL: cahiersdemode.com

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「ウェットスーツの中はいつも夏」というキャッチフレーズとビジュアルが目を引く、オニールの広告。写真URL:https://importancioso.files.wordpress.com

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バックジッパーが必然であることの答えは自然の中にある

写真URL: http://hiraoka-kg.com/

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(右)リーバイス501は1890年にロットナンバーが初めてつけられたジーンズで、フロントの股部分はリーバイスで唯一のボタンフライ・タイプ。初期の501はベルトを通すベルトループが付いていなかった。(左)リーバイス505はリーバイスで初めてのジッパーフライ・タイプのジーンズで、デザインも501とは異なりテーパードのシルエットになっている。画像URL: www.levi.jp

 ファスナーの起源は詳しくはわからないけど、たとえば、最初、衣服は紐(ひも)で結んでいたわけじゃない。人がなにかを着るとき、ただシンプルな布状の衣服を羽織っていた時代があった。でもその羽織った衣服が風であおられたり、脱げそうになったとき、たぶん紐で結わいて留めていたんだと思う。その次に、衣服に穴を開けてそこに枝などを差し込んで留めたんだろう。枝じゃなくて、鹿の角かもしれないけど。そのうちにだれかがボタンを発明した。でも、もっと細かく留めようとしたときにファスナー(注2)が登場したんだ。ファスナーは靴ひもを結ぶのが面倒くさいという理由で発明されたらしいんだ。昔のリーバイスのジーパンはボタンだったよね。たとえばリーバイスの501。それからタロン・ファスナーが付いたリーバイス(505)が発売されるなどの経緯があって、タフな場面でも使われることによって、ファスナーの信頼性があがり、定着していくわけだ。構造的にも優れているファスナーは、さまざまな場面でも使われるようになり、どんどん改良が加えられるようになっていったんだね。

ゼロ・ウェットスーツが使用している防水型のファスナーはドイツのBDM社が開発した防水ファスナーで、もともとはオイルフェンスをつなぐときに使っていた。タンカーが座礁したときに使う、空気の入ったチューブ状のオイルフェンスをつないでいた防水ファスナーが原形で、それをウェットスーツ用に何度も改良してできた防水ファスナーがアクアシール(商品名)なんだ。それから、ほかにもいろいろなファスナーが開発されている。以前、硬い務歯(むし)の調子が悪いからもうちょっと柔らかいファスナーができないかなって登場したのが、務歯がコイル状になっているコイルファスナー。プラスティックの螺旋(らせん)状のファスナーだ。たぶん、ファスナーの構造は何種類もあるんだと思う。コイルファスナーは目立たないので、女性用の衣類によく使われているよね。表に出てこないファスナーなんだ。コイルファスナーは密着性がいい(水漏れがしにくい)というので、ウェットスーツ用に開発されていたことがある。しかし、丈夫さに欠けていて、タテには強いんだけど、引っ張り強度が弱い。横に引っ張られたときに開いてしまうんだ。で、サーフィン用でもトラブルが出て、使われなくなった。ゼロ・ウェットスーツでもさんざんテストしたけど、コイルファスナーのテープ自体も硬くて、背中に物差しを入れたような着心地なんだよ。柔らかくすると、さらに強度が弱くなって弾けてしまうしね。コイルファスナーだけではなく、YKKなどのファスナー・メーカーは密着性のいいファスナーの開発に注力しているんだけど、いま、もっとも密着性のいいのがZip Rockなどで使われているファスナーで、冷凍食品を入れたりしている。あの機能性を生かした防水ファスナーを作るのがベストだということで、ファスナー・メーカーはいろいろ工夫してみているようだけど、まだダメだね。というのは、ウェットスーツで使う場合、ダイビング用だったら大丈夫だろうけど、サーフィン用では、波に巻かれた瞬間にウェットスーツの中に入っている空気が外に押し出される。外にある水が中に入ってくるのではなくて、水圧で中に入っている空気が一気に押し出された瞬間に、ファスナーが爆発するわけ。ファスナーが外に弾けるというのが、一番の難点だった。

 サーフィン用で使われているいちばん丈夫なファスナー(注3)というのは、ひとこま、ひとこま、務歯(むし)同士がしっかり噛みあっているものだから、そのファスナーのこま数が少なくなればなるほど、壊れる確率は下がる。つまり、短いファスナーほど壊れにくいということなんだ。たとえば、務歯が100個あるのと10個あるのでは、壊れる確立が10:1の頻度になってくるからさ。ファスナーの務歯を小さくして間隔を狭めれば、隙間は減るかもしれないけど、強度が足りなくなる。通常、ウェットスーツで使っている普通のファスナーのいちばんの弱点はこの務歯と務歯の隙間から水が入るということなんだ。いま、ゼロ・ウェットスーツで主に使っているファスナーは10Vというサイズで、この半分のサイズの5Vというファスナーもある。5Vのサイズのファスナーは、ゼロ・ウェットスーツでは手首とか足首用として使っている。でも、5Vのファスナーはやっぱり弱いけど、手が通らない、足がどうしても通らないという人がいるから、手首、足首用にこの5Vのファスナーを使わざるをえない。たとえば、足首を怪我している人や体に障害がある人にとって、ウェットスーツを着るにはどうしてもそれ用のファスナーが必要なんだ。

 前回も少し話したけど、通常のファスナーの弱点をカバーするのが防水ジッパーだ。最初に開発したのがドイツのBDM社で、YKKが使っている完全防水のドライファスナーも、特許を持っていたのがBDM社だったので、YKKはBDM社を買収して、いま、その特許を使ってドライファスナーを製造している。その完全防水のドライファスナーは、身近なところではドライスーツに使われているけど、宇宙服にも使われている最先端技術でもあるんだ。もしかしたら、最初はオイルフェンス用に作ろうと思ったわけじゃなくて、宇宙服用に開発したかったのかもしれないね。原理としては通常のファスナーと同じで、中に務歯が入っていて、ゴムを押しつけてかみ合ってくっつくようになっている。オニールは、BDM社が製造していた頃にこのドライファスナーを使ってスーパースーツと命名したドライスーツを作っている。アメリカ国防省だったと思うんだけど、北極海でも泳げるウェットスーツという触れ込みで売り込んだって、新聞で読んだ。おれは、このオニール社製のスーパースーツを日本で最初に輸入したんだ、1972年にね。もうすでにファスナーの開発はそこまで進んでいた。この完全防水のドライファスナーは肩口を横に開くタイプだった。

 ゼロ・ウェットスーツでは防水ファスナーとして、YKK社製のアクアシールを使っているんだけど、取りつけるときが大変なんだ。ノリの信頼性がないので、のり付けができない。のり付けだけだと、圧力がかかると外れる気がするんだ。だから、ゼロ・ウェットスーツではゴムに縫い付けてアクアシールを取りつけている。背中縦ファスナーのアクアシールの弱点が首の付け根のところ、つまりそこから水が入る可能性がある。各メーカーはいろいろな形状にして、なるべく水が入らないように工夫しているけど、完璧に水漏れを防ぐことはできない。じゃあ、首を絞めたらどうなるのって。息ができなくなるんだよ、最後は。だから、最終的にはノンジップ・タイプのエアドームのほうが理にかなっているわけ。

 バックジップ・タイプのサーフィン用ウェットスーツを最初に開発したのは、オニールかボディグローブか定かではないけど、このふたつのどちらかの会社が作ったんじゃないかな。ダイビング用ではなくてサーフィン用のウェットスーツを考えたときに、フロントにあるファスナーは、パドリングをしたりするときに邪魔じゃない。また、着脱の際の開口部のことを考えると、やはり背中にジッパーがあるほうが少なくてすむ。でも、アバウトなアメリカ人だから、それほど厳密にファスナーの長さの設定を考えたわけじゃないだろうね。ただ単に、バックジッパーのほうがいいんじゃないって、そうしたんだろう。サーファーにとっては、それが都合良かった。でも、いまはダイビング用のウェットスーツもバックジッパーになっているんだけど、それは背中のファスナーがそれほど邪魔にはならないことがわかってきたのと、それから、背負ったタンクがファスナーに当たらなければ問題ないんじゃないのということ。そこには、いろいろな工夫があるんだろうとは思うんだけど。だから、ウェットスーツで大事なのは、水の入りを少なくするためにファスナーをどこまで短くできるかということなんだ。開口部をいかに少なくするかということ。それで、いちばん短いファスナーを選ぶわけよ。通常、着たり脱いだりするには、ファスナーが長いほうが楽だよ。でも、その分、水が浸入してくるわけで、だから、なるべく短いファスナーを背中側にくっつけようということで、バックジッパーがある。ただ、「ドルフィンしたときに水が入りますよね」っていう指摘があり、ウェットスーツメーカーとしては「ファスナーなしはどうなの」っていう新しいテーマが出てきた。それで、30年ぐらい前に日本のどこかのメーカーがネックエントリーというウェットスーツを作ってみたけど、強度を考えずに伸びるだけのゴムを使ったから、半年も経たないうちにゴムがべろべろに伸びて使えなくなってしまった。防水効果じゃないけれど、水の入る量を防げなくなってくる。それで、すぐにネックエントリーというデザインは一度消えたんだよね。詳しくは「ネックエントリー」を読んでくれ。そのあいだに、コイルファスナーだの、防水ファスナーだの、各社いろいろ工夫したけど、アメリカのどこかのメーカーが、おれが知っているのはビラボーンだけど、ファスナーなしのウェットスーツを作ったというので、ゼロ・ウェットスーツもすぐにマネしたけど、どこのメーカーもそのアイデアに飛びついたよね。ところが、YKKもファスナーなしじゃ、都合が悪い、仕事がなくなるから。それで、アクアシールのような防水ファスナーを新たに開発してきた。その後、開発した防水ファスナーが硬いという欠点が見つかり、ソフトファスナーを作ってきたけど、柔らかくするとやっぱり壊れちゃう。まあ、ファスナー・メーカーも、そんなトライ&エラーを何回もくり返している。ファスナーはいまでも進化しているけど、どこまで行ってもファスナーはファスナーだよ。きりなくファスナー、やはり、ファスナーの弱点が出てくるよね。だからウェットスーツメーカーにとっては、ファスナーの改良を考えるよりも、ファスナーなしのタイプをどうやって改良するのかというほうが重要なんだ。ノンジップ・タイプのウェットスーツが出てきたお陰で、ストレスのないバラエティに富んだウェットスーツが作られるようになってきた。サマーシリーズのウェットスーツもファスナーがない分、ストレスがない。そういう理由で作っている。昔、ゼロ・ウェットスーツでもショートジョンとかジャケットなど、ファスナーをつけなかった。ゴムを伸ばして無理やり着ていたけど、やはり壊れるんだね。

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​防水ファスナー、YKK社製の「アクアシール」

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コイルファスナーもウェットスーツ用として試されたが、強度に問題があった。

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現在、ゼロ・ウェットスーツで使われているジッパー。務歯と務歯のあいだの隙間から水が入ってくる。

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BDM社製のドライファスナーを使ったオニールのスーパースーツ。北極でも使えるという極寒用のウェットスーツという触れ込みで売っていた

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BDM社製のドライファスナー

注1:ファスナー(Fastener)は「しっかり留めるもの」という意味で、その起源は1891年、米国のホイットコム・ジャドソンが、靴紐に替わる開閉可能な留め具として開発したといわれている。

注2:ファスナーには大きくわけて3種類ある。ひとつは点ファスナーで、点で留めるもので、衣料用ではドット釦(ぼたん)が代表的なもので、英語ではスナップファスナーと言う。ふたつめが面ファスナー、面で留めるファスナーで、代表的なのがマジックテープやベルクロがある。そして3番目が線ファスナー、つまり、スライドファスナー、ジッパー、ジップ、チャックなどと呼ばれているものだ。

注:ファスナーの呼び方:ファスナー、ジッパー、チャックという呼び方があるけど、呼び方に差はない。ただし、チャックという呼び方は日本だけで、1927年に、日本にファスナーが紹介されたとき、あるメーカーが巾着(きんちゃく:布、皮などで作って、口を紐で結ぶ袋)を紐の代わりにファスナーを使い、チャックという名前を商標登録したところからきている。またジッパーは、1921年、アメリカのグリッドリッチ社が「ZIP」という擬音語から「ZIPPER」という名前で商標を取得し、それが広まった。日本では、やはりチャックという言い方が浸透しているけど、「ズボンのチャックが開いているよ」とか比較的小さめのファスナーを呼ぶときに使われている気がするね。