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サーフィンと化学製品#13

映画『ギジェット』


ポリウレタンフォーム・ブランクスの開発でバルサボードよりも(ある程度)量産化が可能となったサーフボードとともにアメリカ、とくにカリフォルニアのサーフィンブームを後押ししたのが映画『ギジェット/ Gidget』だろう。より軽く廉価なポリウレタンフォームのサーフボードは直接サーファーにリーチされたが、この映画によってサーフィンとは無関係、またはサーフィンを知らなかった一般の人々にサーフィンとそれに付随するサーフィン文化が広く認知されたのである。映画産業もまた、ある意味フィルム(アセテート・セルロース)という化学製品によって成りたっている。

 映画『ギジェット』は、1959年にコロンビア映画製作・公開されたマリブビーチのサーファーたちの青春ドラマで、原作は1957年に出版されたフレデリック・コーナーの小説『ギジェット』が元になっている。タイトルのギジェットはガール(Girl)とミジェット/小人(Midget)をあわせた造語で、小説と映画の主人公のモデルとなった作者の娘、キャッシー・コーナーを差している。身長150cmほどのチビで陽気なおてんば娘、キャッシー・コーナーがマリブビーチでサーファーたちと出会い恋をし、みずからもサーフィンに勤しみ、本物のサーファーとして成長していった実話を元にしている。実際、映画でも多くのマリブビーチのローカルサーファーが出演している。たとえば、ミキ・ドラ、マイク・ドイルやジョニー・フェイン(ミキ・ドラ、ランス・カーソン、デューイ・ウェイバーと並ぶマリブの4大スターのひとり)は映画の中でスタントダブルとしてサーフィンを披露しているし、サンドラ・ディー(主人公フランシス・ローレンス)のスタント役としてミッキー・厶ニオスが金髪ウィッグとビキニでサーフィンしている。この映画は公開と同時に大ヒットとなり、続編やテレビ映画、テレビ番組が製作されたほか、のちに「ビーチパーティ映画」と呼ばれるジャンルが形成されるハシリとなった。公開当時は一部マニアックなマリンスポーツであったサーフィンとサーファーの文化が広く世の中に知られることとなり、サーフィンブームの火付け役となった。

 この原作の作者、フレデリック・コーナーは、チェコスロバキアのユダヤ人の父親で映画館のオーナーの息子として生まれ、フランスのソルボンヌ大学で映画の博士号を取得したあと、ヨーロッパで脚本の仕事をはじめたが、ナチスドイツの脅威を感じてアメリカ西海岸へ移住した。その後、ハリウッドで映画やテレビの脚本の執筆していた。そして娘のキャッシーとの会話の中でマリブでのサーフィンの話を聞いたり、ミキ・ドラやビーチの男友達との電話のやり取りを盗み聞きしたりして、サーファーのスラングやエピソードを書き留めて、一冊の小説として書きあげ、1957年の秋に『Gidget, the Little Girl with Big Ideas』を出版すると、『タイムス』誌は「感動的で、おもしろい本」と評価したが、アメリカ西海岸では大ヒットし、直前に発売されたジャック・ケルアックの『On The Road』を上回る売上げを見せ、最終的に50万部を売り上げた。

余談だが、1956年にデイブ・スウィートがサーフショプをオープンさせた数ヶ月後に、デイブの兄であるロジャー・スウィートが、のちに映画『ギジェット』でカフナ役を演じることになる俳優のクリフ・ロバートソンとともに、ロバートソン・スウィート・サーフボードを立ちあげたが、この安価な「ポップアウト」フォームボードはサーファーたちに受けいれられず、失敗に終わったが、このことはデイブ・スウィートが開発したポリウレタンブランクスのサーフボードにも悪影響をもたらしたのである。





写真:Source: URL ALL MOVIE

参考文献: EOS(Encyclopedia Of Surfing)、ALL MOVIE、History of Dave Sweet、Wikipedia

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