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箱ミシン




その1:潜水道具としてのウェットスーツ


文:川南 正

 

箱ミシンの話をする前に、ウェットスーツというギアがどういうふうに考案されたかについて、それが事実かどうかわからないけど、おれの知っている範囲で話してみたい。過去に潜水用具としていろいろなギアが開発される中で、洋服でも良かったんだけど、水がしみ込む洋服を着ても保温力がないので、最終的に水を吸わないゴム板が開発され、ゴム被服の潜水用具を最初に作るわけなんだ。戦前は、タイヤのチューブのようにゴムと布を張り合わせたもので作っていた。薄くちぎれないゴム板を布と張り合わせて、それを洋服にして縫い合わせて潜水のときに使っていた。いちばん最初は軍事目的だったのだろうね。戦後になって、アメリカやドイツがネオプレンゴムの開発をはじめた。ゴムだけだと保温力がないので、ゴムの中に気泡を混ぜることによって保温力を持たせるというアイデアでネオプレンゴム、発泡したスポンジゴム板が開発されたんだ。毛糸のセーターなどは空気を含んでいるから、着たときは暖かいが水を吸ってしまう。イギリスのピーターストームなどのオイルスキンのセーターは油を含んでいるから、普通のセーターと違い水がしみ込みにくいので、水夫たちが着ていた。それと同じようにゴム板だけでは保温力がないので、ゴムの中に気泡を入れた、保温力のあるネオプレンゴムを開発したわけだ。それはなぜかというのは、冷たい水の中に入るためのものであって、要するに潜水用具として開発されたのがウェットスーツなんだ。ウェットスーツを開発した当初はネオプレンのゴム板を、縫製をせずにパーツをただ張り合わせてひとつの洋服のようなものを作ってウェットスーツに仕上げたんだと思う。



1715年、ピエール・レミー・ド・ブーヴによりデザインされたもの。この潜水服の鉄製コルセットは、水圧からダイバーの胸を保護し、防水のために全身を革で覆う形になっている。海面に向かう2つの管はヘルメットに繋がっていて、空気を送り込めるようになっている。このスーツの靴は重り付きで、潜水士の海中探索を助けるようになっている。




 1950〜60年代にかけて、カリフォルニアでサーフィンが流行りはじめたとき、水が冷たいカリフォルニアでは、ハワイのように裸でサーフィンができないので、「何か着るものはないだろうか?」というニーズがあり、カリフォルニアの若いサーファーたちは漁師やダイバーが使っていたウェットスーツを着たみたら、「これは暖かいぞ!」ということになったんだと思う。おれが知っている範囲であっても、1960年代から1970年のはじめぐらいまでは、みんなダイビング用のウェットスーツを着ていたよね。ダイビング用ウェットスーツの流用していたけど、1970年代に入って、ジャック・オニールがサーフィンをしている息子ふたりのためにサーフィンに適したウェットスーツを作って着せてあげたことをきっかけに、「それじゃ、サーフィンブランドを立ち上げよう」ということになったんだね。あのマークがそれだ。



ジャック・オニール:カリフォルニア州サンタクルーズ出身の地味で経験豊富なサーフィンの実業家であり、サーフィン用ウェットスーツの世界的なトップメーカーであるオニール・ウェットスーツの創業者。オニールは1923年にコロラド州デンバーで生まれ、南カリフォルニアとオレゴンで育った。1930年代後半からボディサーフィンをはじめ、1949年にサンフランシスコに移住した後も続けていたが、ポートランド州立大学でリベラルアーツの学士号を取得した。オニールは1952年にサンフランシスコのビーチフロントのガレージでサーフショップをオープンし、その数ヶ月後、DC-3旅客機の発泡ネオプレンの床材に触発されて、最初のネオプレンのウェットスーツベストを作ったとのちに語っている(最初のウェットスーツの試作品は1951年にカリフォルニア大学バークレー校の物理学者によって作られた。南カリフォルニアのDive N' Surf社は、オニールと同様に1952年にウェットスーツの製造を開始した) 。オニールは1959年、アメリカで最初のサーフブームが起こる直前の1959年にサンタクルーズに2軒目のサーフショップをオープンした。当初はサーフボードが主な販売品目だったが、1960年代初頭にはウエットスーツがショップの決定打となり、オニールは業界のリーダーとなった。写真出典:www.oniel.com




 ダイビング用ウェットスーツとサーフィン用ウェットスーツの違いというのは、ダイビング用ウェットスーツは極力体に密着させて、水がウェットスーツの中に入らないようにというのが使いかたなんだ。ダイビングは水の中に入るのが目的、でもサーフィンは水に濡れても中に入らなのがいいんだよ。ひっくり返ったり落ちたりして、水の中に入っているように見えても、じつは水の上にいる。一般的にドルフィンという技術が普及したのはサーフィンが世界に広まった1970〜80年あたまぐらい、ショートボードが出現してからで、それまでは板の上に乗って、必死になって波をかわすやり方だった。だから、水の中に入るためのサーフィン用ウェットスーツという考え方はないんだ。我々も最初の頃に着たウェットスーツはダイビング用のウェットスーツなんだけど、あれほど動きづらいウェットスーツはなかった。それで1972年に、おれは、あのジャック・オニールが息子たちのために少しでも動きやすくというので作ったオニール・ウェットスーツを日本に輸入して使ってみて、「こりゃ、なかなかすごい!」と感動した覚えがある。オニールがサーフィン用のウェットスーツを開発した当初は、ジャケットとパンツというツーピースだったと思うけど、おれが輸入したときはすでにワンピースだったね。サーフィン用のワンピースというのは、極力水が入ってこないように、また着たり脱いだりしやすいようにバックジッパーなんだ。それまでのワンピースというのは、ダイビング用ということもあるんだけど、ほとんどがフロンジッパーだった。ジェームス・ボンドが着ていたやつだ。いろいろ研究してみたけど、着脱のためのジッパーは、じつは現在でもいちばん問題なんだ。まあ、当初はバックジッパーのフルスーツをオニールが作ったんで、それで爆発的にオニールタイプのバックジッパーのウェットスーツが流行りはじめるんだよね。オニールが最初からバックジッパーのウェットスーツを作っていたかどうかわからないけど、おれが1971年に初めてオニールのカタログを取り寄せたときにはすでにバックジッパーのウェットスーツがあったんだ。たぶん、フロンジッパーのウェットスーツではファスナーがボードにあたって都合が悪かったはずだから、すぐにバックジッパーのアイデアが浮かんだんだろう。いまでもフロンジッパーのビーバーテイルのジャケットを欲しがるお客さんがいるけど、あれははっきり言って邪道で、板を壊すよね。ファスナーがごつごつ体や板に当たり、自分でも痛いだろうし。当時のファスナーは鉄製だったし、余計痛いしボードを壊しちゃう(つづく)。

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